広報の役割が高まっている背景には、ここ数年の相次ぐ企業不祥事を受けて企業に対する社会の
目が一段と厳しくなり、コーポレート・ガバナンス(企業統治)や企業の社会的責任(CSR)といった経営のあり方や姿勢が強く問われるようになってきたことがある。企業がステークホルダーや社会全体と適切に対話し、説明責任を果たすことのできるコミュニケーション能力を有しているかどうかが、企業の活動のみならず全社的な価値創造にも大きな影響を及ぼすようになってきている。特に、コーポレートブランドやレピュテーション(評判)を高めるうえで広報の果たす役割は大きく、限られた経営資源の中で、戦略的に広報活動を展開することの重要性が再認識されている

広報を企業の戦略の一環としてとらえる考え方は、新しいものではない。日本でも数年前より戦
略的コミュニケーションの重要性が企業側から多く語られてきている。。企業のトップにしても、広報を単なる一方的な情報発信と考えている者が多く、ひとたび自社に都合の悪い事態が発生すると、情報開示に消極的になり、時には隠蔽することすらある。

 

コミュニケーションとは
コミュニケーションの概念
広報とは企業を取り巻くステークホルダーとのコミュニケーション活動である。そこでまず、コミュニケーションとは何かについて考察しておきたい。コミュニケーションはいうまでもなく外来語であり、英語の communication をカタカナ表記したものである。学者の中にはコミュニケーションという語は、戦後の日本に新しく根づいた外来語の中で、最も重要な意味を持つ言葉の1つであると指摘する者もいる国語辞典によると、コミュニケーションとは「人間が互いに意思・感情・思考を伝達し合うこと。言語・文字その他視覚・聴覚に訴える身振り・表情・声などの手段によって行う」(大辞林)と定義されている。
日本においてコミュニケーションが外来語としてカタカナ書きのまま使われるようになった背
景には、もともと日本語には同じ意味を持つ言葉がなく、この新しい概念を表すために日本語で訳語をつくるより、そのまま使わざるを得ないという実状があったと考えられる
日本ではつい最近まではコミュニケーションといえば、新聞やテレビなどのマスメディアを通じて行われるマス・コミュニケーションを意味するほうが一般的であった。このように日本においては、欧米ほどには対人コミュニケーションを対象とする学問分野が発達しなかったのである

つまり、日本にはもともとコミュニケーションという概念が存在せず、コミュニケーションを学ぶという発想自体も存在しなかったといえよう。
日本では広報の概念や技術の普及が欧米諸国に比べると大きく遅れたが、その原因として、こうしたコミュニケーションをめぐる日本特有の事情があったと考えられる。現状においても、コミュニケーションなどはだれでも少し工夫すればうまくできるものであり、特に学問として学ぶ必要はないと考えている人は多いと思われる。日本の社会全体としてコミュニケーションへの理解が進まない背景として、「沈黙は金」「察し」「腹芸」あるいは「以心伝心」などという、コミュニケーションを図ろうとしている人々の間に共通の考え方、意見、価値観が存在することを
前提とした日本人の言語観、コミュニケーション観があるとの指摘も多い
日本の企業広報の抱える問題の根本には、実はこうした日本特有のコミュニケーション観がある
ものと考えられる。企業がコミュニケーションを図ろうとするステークホルダーには、顧客、株主、従業員、取引先、マスコミ、監督官庁、地域住民、消費者団体など、さまざまな利害関係者がおり、中には日本人以外の関係者も含まれる。彼らと良好なコミュニケーションを図るためには、「察し」や「以心伝心」といった腹芸的なコミュニケーションでは通用しない。明確なメッセージを用意したうえで、適切なメディア(媒体)を使い、相手の理解を得るためのコミュニケーションに努めなければならない。効果的な企業広報を展開するためには、コミュニケーションという概念をよく理解しておかなければならないのである。

Follow me!

PR会社比較一覧